僕はふと、思い返していた。
あの時も、無我夢中で走ってたな・・・
ばぁちゃんが亡くなったのは5年前。
癌だった。
中学、高校と、
ばぁちゃんとは話をする機会は減っていた。
たまに話をすれば、たわいもないことで口喧嘩をし、
殴りかかったこともある。
そして、和解もしないまま、
高校卒業と同時に、ばぁちゃんの元から離れていった。
大学2年の頃、
久しぶりに帰省し、ばぁちゃんに勇気を振り絞って話しかけたことがあった。
「ばぁちゃん久しぶり。」
ばぁちゃんは何も反応することなく、ただ一言。
「何しに帰って来たんだ?」
と呟いた。
僕は、返す言葉がなかった。
突拍子もない言葉に、立ち尽くすだけだった。
当時の僕は、ばぁちゃんのその一言が許せなくて、
親の反対を押し切り、その日のうちに帰ったのを覚えている。
それから1年が過ぎた頃、
ばぁちゃんが入院したとの知らせが入った。
僕は、就活やバイトや彼女のことなどで精一杯で、
ただ時間だけが過ぎていき、見舞いに行くことすらしなかった。
今思えば、
忙しさを理由に、ばぁちゃんという存在から、
逃げていたというのが正しいかもしれない。
ある日、母から、携帯に留守電が入っていた。
「ばぁちゃんが、ばぁちゃんが・・・」
と、母の重く、苦しい声が、事の重大さを告げていた。
僕は、電話を握り締めたまま、
無我夢中で走っていた。
そう、今と同じように・・・
病院に到着したときには、
ばぁちゃんは冷たくなっていた。
最後に交わした言葉のまま、
別人のように変わり果てた姿を、
僕はただ、呆然と見つめるだけだった。
母が、
「ばぁちゃん最後まで、あんたを待ってたんだよ。」
と呟いて、一枚の紙を差し出した。
そう、それは、
お稲荷様を壊した時に、
ばぁちゃんに反省の意味を込めて書いた約束の手紙だった。
「ばぁちゃんへ
本当に、本当にごめんなさい。
ぼくは、もう二度とこういうことをしないように、
ばぁちゃんと5つの約束をします。
1、おいなり様は、来年のおとしだまを使ってなおします。
2、毎日、ばぁちゃんの手伝いをします。
3、毎日、ばぁちゃんのかたたたきをします。
4、大人になったら、ばぁちゃんをいろんなところにつれいてきます。
5、大人になってもばぁちゃんのことを大切にします。
本当にごめんなさい。ゆるしてください。
たかひこ 」
僕は涙が止まらなかった。
そして、このとき初めて、自分自身の人生を悔いた。
どうして、
もう少し早く気づかなかったんだ。
どうして、
自分自身の気持ちばかりを貫き通したんだ。
「人は、失ってから後悔する。」
そう、僕は大切なことを見失っていた。
後悔だけしか残っていなかった。
家の明かりが見えてくる。
いつしか僕は涙ながらに叫んでいた。
「ばぁちゃん!!」
(つづく)