2008年3月アーカイブ

ファン・ジニってます。

いま、あるドラマにハマっている。
韓国ドラマの「ファン・ジニ(黄真伊)」である。

ケーブルテレビの「衛星劇場」というチャンネルで現在放送中なのだ。
字幕放送だけど、ボクはこの方がいいのでこちらを見ている。
全24話で、日曜の午後11時から2話続けての放送だ。
今、ちょうど中盤を過ぎた辺りで、この後の展開からどうなるのか
目が離せない。(だからドラマはイヤなのだ。映画なら2時間で終わるのに)

NHKのBS2では4月6日の午後9時00分から
吹き替え版で放送が開始されるそうだ。
個人的には吹き替えは好きじゃない。
そもそも外国人が流暢に日本語を話しているなんて
どう考えても不自然だからね。

ファン・ジニって誰?という方もいらっしゃると思うので簡単に紹介すると、
16世紀ごろ朝鮮王朝時代に実在した、妓生(キーセン)のことだ。
妓生とは当時の王宮が主催する宮中内の宴会などで、明や清の皇帝からの使者や
高官の歓待、また楽器の演奏や踊りなどを披露したりということをしていた
女性達のことだ。
そのような仕事だから、歌舞だけでなく学問、詩歌などの高い教養が必要とされた。
その中でも特に詩歌のジャンルで抜きん出ていたのがファン・ジニ(黄真伊)だったそうだ。
ネットで検索しても「当代一の名妓、詩人」などと表現していたりする。
当時でもかなりの時代の反逆者的要素のあった人だったようだ。

そのモチーフをベースに韓国のKBSが2006年にドラマ化したのが
この「ファン・ジニ(黄真伊)」なのだ。
このドラマ、主演のファン・ジニを女優のハ・ジウォンが演じている。
ハ・ジウォンといえば、ホラー映画「ボイス」、「バリでの出来事」などが有名で
ボクも「ボイス」あたりから注目&期待していた女優さんだ。

NHKでも「チェオクの剣」で主人公のチェオクを演じていて、
NHKで2回続けての主演ドラマが放送されると言うことは
ちょっと珍しいんじゃないかな。
因みにこのドラマでハ・ジウォンはKBS演技大賞を受賞している。

あまり時代劇というのは好きじゃないんだけど、
いくつかの恋を織り交ぜながら、芸の道を究めようとする中で
ライバルの存在や師匠との確執など、ドラマとしての見せ所は押さえた作りだ。
しかもその美しい衣装も見どころで、さらに伝統芸能も触れられていて、
バリ島の芸能に興味のあるボクにも自然に受けいれられた。

そういえば昨年の夏に行った韓国旅行で、韓国民族村に立ち寄ったけど、
建物の隅に、このドラマの撮影が行われたというプレートが貼ってあって
ああ、ここで撮ったのか、なんて懐かしい気分にもなったりして。

ところで、朝鮮王朝時代の、今では考えられないような身分制度や
当時の封建的な一般的社会通念なども見え隠れしていて
女性にとっては過酷な時代だったんだと痛感もしたりする。
ある意味で、今の格差社会も似たようなところがあるんじゃない?
なんて思ったりする。

興味のある方は是非ご覧ください。

NHKのファン・ジニのページ
http://www3.nhk.or.jp/kaigai/hwangjiny/index.html


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この放送まで待ちきれず、昨年オリジナル盤をネットで購入した。
特典映像つき9枚入り、ポスター付きの豪華な箱。しかし字幕もなく苦戦!!
さすがKBSだけあって、放送された特番が特典ディスクに入っている。
映像はとってもキレイでした。

最近めっきり暖かくなりましたね。

みなさん、さくらについて書かれてるので僕もさくらについて書こうかと。


さくら、さくらといえばさくら水産という
お昼はランチを出し、夜は居酒屋というチェーン店があります。


一時期、派遣社員として働いていた頃、毎日のようにお昼はみんなとさくら水産に
行ってました。


なんといってもランチがご飯、お味噌汁、おかわり自由で500円は安すぎます。


そして、何よりも店員さんの動きが早い。
もう席に着く頃にはご飯がテーブルに並んでるぐらいの早さです。

そんな、懐かしいさくら水産、
調べてみると会社近くにもありました。


懐かしいから行ってみようかなっと思いましたが
値段がリーズナブルなだけで味はイマイチなので
多分・・・、










行きません。

もう春ですね

こことのところ、昼間ぽかぽかしていて非常に気持ちが良い。

ちょっと前までは外に出るときはコートとかなにかしら
着ないとだめだと思っていたけど、もう着ていたら暑いです。

だからなのか会社の中が暖房をつけたかのように暑い。

昨日靖国神社の前を通ったらさくらが咲いていました。

月日が経つのはあっという間です。

日曜日の朝。
公園へランニングに出かけると、日当たりの良い枝、室外機に近い枝には、すでに桜のはなが咲いていました。
今週中には咲いてしまうのでしょうかね?
他の枝も、今にも咲きそうでうっすらピンクが覗いていて、わくわくしてきちゃいました。

公園はずっと長い桜並木なので、桜舞い散る中、ランニングするのも贅沢ですよね。
でも、来週は少し遠出をするのできれいに咲いている頃にはこの公園にはいけないかもしれないと
思うと、とても残念です。

毎年、桜満開の時期に何かしらの用事があり機会を逃してしまうことが多いのです。
でも、思い掛けない場所・時で満開の桜に出会うこともあったりすると、それもまた感動しますよね。
その度に、「来年こそは近所の桜を愛でるゾ!」と、密かに心に誓うのですが
今年もそうはうまく運ばないようです。

こん週末はお花見する最適な土日になりそうですよ。
新宿御苑に、みんなで持ち寄りお花見しましょう!私は行けませんが。。。

ども、3号です。

みなさん、覚えていますか?
あのコスモスたちを。。。

大都会の真ん中の
喫煙所のベランダで
日々成長していったあのコスモスたちを。。。

なんと。。。
咲きました!

秋に咲かずに、
冬をこし、
春に咲いたのです!

びっくりです!
奇跡です!
不思議です!

小さなつぼみですが。。。
弱々しい咲き方ですが。。。
みんなあきらめていたのに。。。
年末の大掃除に処分するはずだったのに。。。

夏に誰かが言いました
「これきっと雑草なんじゃん」

秋に違う誰かが言いました
「もうだめでしょ」

冬に僕も思いました
「これはもう死んでいる」

でも、咲きました!
ありがとう!
ということで、、、

今までの全記録を、、、
松任谷由実の「卒業」を聞きながら
振り返りたいと思います。

どうぞ。。。


♪♪〜前奏〜♪♪

♪悲しいことがあると〜 開く皮の表紙〜♪
♪卒業〜写真のあの人は〜 やさしい〜目をしてる〜♪
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♪町でみかけたとき〜 何も言えなかった〜♪
♪卒業写真の面影が〜 そのまま〜だったから〜♪
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♪人ごみ〜に流されて〜 変わって〜ゆく〜私を〜♪
♪あなたは〜ときどき〜 遠くで〜しかって〜♪
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♪あなたは〜私の〜♪
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♪ 青春〜
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そのもの〜♪


by 3号

Number

text and photo by 赤様

スポーツ雑誌「Number」が今週の発売で700号を迎えます。

Number表紙1.jpg

1980年に創刊、隔週で発行され28年目での700号到達です。僕が購読しはじめたのは、1984年のサラエボ冬季五輪のときですから、もう24年も前のこと。それ以来、僕の愛読誌です。気がつけば部屋に溢れてしまう量になっていました。その数、ざっと500冊! (我ながらバカですね・・・) 捨てようにも捨てられず、押入れのなかを占拠しております。

さて、そんなNumberのどんなところが僕を惹きつけたのでしょうか。
僕が単にスポーツ好きだから・・・。
それはもちろんです。日本で初めてのスポーツ総合誌として誕生したこの雑誌を、僕が放っておくワケがありません。

でもそれだけじゃなく、僕が推したいのは、この雑誌はなんと言っても写真が素晴らしい!Sports Graphic Numberという正式な誌名のとおり、写真へのこだわりはページをめくればビシビシ伝わってきます。もう、それはそれは素晴らしいです。
凄いです! エグいです!!
セクシーーーーです!!!
スポーツ写真を、報道から芸術の域へと引き上げたと言っても過言ではありません。と同時に、スポーツ写真家という職業を世に生み出しました。「この雑誌に載りたい」というスポーツ選手も多くいるほど、選手からみても憧れの存在なのです。

また、掲載写真のすべてに写真家の氏名を入れていることも特筆すべきことです。文章に対しての記名は、どの雑誌でも見られることですが、これは未だになされていない雑誌も多いのです。そのあたりにも、スポーツの発展、貢献は、選手だけではなく、ライターや写真家もその一翼を担っているのだという気概が感じ取れます。

Numberといえば、創刊号に掲載され、スポーツの見方に一石を投じた「江夏の21球」を忘れてはいけません。1979年のプロ野球日本シリーズ。広島と近鉄で争われた最終戦。広島のクローザーとして登板した江夏は、9回裏自ら作ったピンチを劇的な形でしのぎました。その投球を(故)山際淳司が独自の視点で切り取ったこのドキュメントは、スポーツノンフィクションの面白さを広く認知させました。野村克也(現楽天監督)いわく「この21球には野球の醍醐味が凝縮されている」と言わしめたほど。後にNHK特集でも取り上げられました。

スポーツへの熱き想いや、新しい視点を提案していくオピニオンリーダーとしての精神も併せ持ち、いちスポーツ雑誌でありながら、スポーツライターをどんどん世に送り出していこうと、スポーツライター新人賞を設けているのもNumberならではの進取の精神です。
ちょっと褒めすぎですね。

しかし、創刊以来10年間は赤字続きで、文藝春秋でなければ廃刊したと言われています。今は文藝春秋のなかでもトップクラスの稼ぎ頭になり、スポーツ総合誌という地位や、「Number」というブランドを確立し、他にも競合誌が出版されるほどにまでなりました。が、一方で、昨今の出版不況のあおりか、企画内容がタレント性のある選手の記事に偏りがちで、昔のような開拓的な姿勢が影を潜めているところに、僕のような昔からの読者にとっては少々不満があるところではあります。

ですが、読者をひきつけるような今日までの展開のように、今後もさまざまな視点を世に送り出してくれることは間違いないでしょう。
これけらも期待せずにはいられません。

Number表紙2.jpg

先日、生活指導部のセンパイの家にお泊りさせてもらいました。

人の家にお泊り・・・・。
何年振りだろう。。。
しかも、会社の先輩の家って!!
なんか、嬉しいけど緊張する感じっス。

廊下歩くのも抜き足、差し足、忍び足・・・。
もう忍者になった気分ですよー。
てか、忍者にしては肉付き過ぎですね。

はい。すいますいませーん。

でも本当に優しい先輩っす!!
人として見てもあんな優しい人はそういないと思いますよ。

次回は巨神兵センパイと伺う予定です。

これからも、生活指導宜しくお願いします。

でも、小さい頃は人の家にお泊りするの嫌いな子だったんですよ。
理由は、野菜が食べられないから。
ただそれだけの理由です。

人の家に泊まれば必ず嫌いなモノが出てくる。
でも、食べなければ気まずい感じになるし。

そんな僕は率先して人を家に誘ってました。

食べ物だけの為にねー。
私という奴は情けない男ですたい。

大きくなるにつれて好き嫌いは多少改善されましたが、
今でも食べられないものが数多くあります。

パパになる前になんとかしたいもんですね。
好き嫌いしてる姿なんか見られたくないですからね!

なんとか頑張ってみよーっと。

ではまた再来週お会いしましょう。

花見

4号です。
4月生まれなので4号です。


嘘です。


週末辺りから首都圏も結構暖かくなってきましたね。
家の近くの川沿いの桜もそろそろではないでしょうか。
週末に「莟」をしっかり確認してきました。
先週杉並区の神田川沿いの桜並木の話を書いたと思いますけど今の自宅近辺もなかなか『良』な花見スポットがあります。
都内ほど人も多くないのでのんびりと花見が出来ます。


去年は仕事で身内主催の花見に参加できなかったので今年はのんびりいきたいとこです。


ちなみにCF本社の近辺だと九段下の千鳥ケ淵が有名ですかね。
あそこは夜はライトアップされて夜桜見物が出来たはず。
日中は無理でも夜なら忙しい中でも出来るんじゃないですかね。


誰か主催して下さい。
ドタキャンはしませんので。。(一部の方宛)


今年も花粉の驚異にさらされることなく(死ぬまで無縁であってほしい)
気分は上々でいい感じですよ。

さて赤様が先週、京都について書かれたので京都出身の僕が
京都について書かないわけにはいかない!と思い、
今回はちょっと違う視点から京都の事を書いてみます。


コーヒー好きの親の影響からで僕はコーヒー好きです。


コーヒー好きといってもマズいコーヒーは
飲まない!という程のポリシーはありません。
ある程度のおいしいコーヒーが飲めてれば満足です。

それでもやっぱりおいしいコーヒーは探し続けてるわけで・・・

しかし、京都から上京してきて約15年、未だ関東でこのコーヒー店を越える
コーヒーに出会った事がありません。

そのカフェはイノダコーヒー
という名の店です。

イノダコーヒーは京都中心に支店を展開しているので、
東京には一件しか支店がありません。(東京大丸店)


僕の親はもう何十年も京都の本店に通っているので
味がちょっと違うと分かれば
「なるほど、あの人が今日はコーヒーを入れてるのね」
って具合にすぐにビミョウな味の違いが分かってしまうのです・・・。
(僕には到底分からない・・・)

ちなみに関東でおいしいコーヒーを探し続けて友達から教えてもらった、
下北沢のcafe ordinaireってカフェは
なかなかおいしいコーヒーを出してくれてオススメです。

新聞を読めよと

おはようございます。

今ブログを更新しなければならないことに気付き、焦っています。

折角なので今日見たニュース記事を紹介します。

『公立高 後期選抜4655人受験』

毎年の如く、受験シーズン。

県立は1.02倍の競争率だそうです。

高校受験懐かしいなー。

僕は推薦で高校に入りました。

同じ中学から4人で行き、

受かる自信もないのに質問に対する回答をやたら練習していた覚えがあります。


僕は中学の頃からバレー部に所属し、

背も結構あるからなのか、

4人の中で一番成績が悪かった僕だけ受かることになりました。

後日、「なんで巨神兵が・・」という会議を他のメンバーでやっていたらしく、

「俺だって受かってもいいじゃん。」

と思った覚えがあります。

そんなことでもう9時です。

いい道

高校の通学は5km弱を自転車で通ってました。
そのとき思っていたのは、道にも善し悪しがあり、もっといい道が作れないものだろうかと考えていました。
通学路は、幹線道路だったので車の通りが激しく、田舎のくせに情緒もない殺風景で何の味気もありません。
道路は割と広く歩道も広いので、自転車は歩道を走行するのは当たり前でした。(人は歩いてないしね)
道路はきれいに整地されていても、意外と歩道はそうでもない。
表面はぼこぼこしていて、水はけもよくなかったりする。
自転車に乗っているとガタガタして、快適とはほど遠い。

↑こんなこと思ったことはありませんか?
歩道って歩いていても快適だなと実感できる場所って少ないと思います。
人とすれ違うのもやっとだったり、看板や植え込みが歩道に張り出していたり、
自転車にチリンチリンってされたり、塞がれたり、
ゴミが散乱してたりと、挙げればキリがありません。

じゃどんな道が快適だと感じるのか?
私的主観だと、
●清潔であること
●水はけよい
●継ぎ目が少ない(マンホールや、配線工事などで掘り起こした跡が少ない)
●植物の日陰が多い
●衝撃吸収に優れている

ジョギングコース開拓のため、自宅周辺を走っていると、こんなことをよく考えてしまうのです。
あったらいいな♪こんな道。
意外とジョギングができるような道って少ないと実感したんですよ。
車がガンガン走ってる横は嫌じゃないですか!
かといって、ジョギングするために交通機関を使って移動するのもおかしい。
信号とかで止まりたくないし、歩道橋も走ってるリズムが狂う。

大きな公園や、河川敷が近所にあれば最高だろうな。
タマ河川敷はランナーの理想郷らしい。
大凡どのくらい走ったかわかるように目印が等間隔にあり、トイレも充実している。
何より川原で気持ちいいだろうな〜ランナーも多いし、軽くコミュニケーションもとれそうだ。

休日だけしか走らないけど、だからこそ季節の移り変わりの様子がよくわかる。
先週は固くしまっていた蕾みは、次の週にはいい香りを漂わせて一斉に咲いていたり、
同じ時間でも日の傾きが変わっていて、毎回楽しめる。
いつかかわいいワンコたちとお友達になれるだろうか

癒されたい

ドモ、3号です。

先週末、誕生日ということもあり、
ちょっとリッチにラクーアにいってきました。
温泉に入って、ビール飲んで、
昼寝して。。。
おかげですっきりリフレッシュ!

日曜日だったので、午後から
混みはじめ、やはり同じように
癒しを求めサラリーマンやOLさんが
多かったように思う。
中には小学生や中学生も2.3人混じっていた。
「おまーらには十年早い!」といいたい。

意外と外国の方も多く、老若男女多国籍で
みーんな疲れた体を癒しにやってくる。

癒されたところで、、、
さあ、仕事仕事、、、

今回はマニアックな話でゴメンナサイ。

実は私は元・鉄っちゃんである。
地方から出てきて東京で学生生活を始めたことで、
それまで憧れだった車輌が身近にあって、
それだけでもうれしかったものだ。

週末は田端によく行った。
バイト先が田端にあって、駅からバイト先に至る田端大橋から
車輌が多数停車しているのが見えた。
それ以来休日には車輌の写真を撮りに訪れたりした。

当時はまだ日本国有鉄道(JNR)、通称「国鉄」の頃で
国鉄時代の首都圏の主要機関車などが随分と見られた。
EF65型やEF58型など、今でも活躍しているが希少となった
電気機関車もごく普通に集っていた。

ごく普通というのは今では少ないということ。

民営化されてJRになってからさらに新型車両が登場し、
今ではすっかり浦島太郎状態で、詳細はわからなくなったけど。
その裏で、整備新幹線が開通したり、地方の路線が配線になったり。
それによって廃車に追い込まれた車輌も結構ある。

そんな廃車された車輌の中で、とりわけ印象に残っているのが、
写真の電気機関車であるEF63型。

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EF63型の重連。この姿、しびれるね。
この後、特急列車の上野側に連結され、峠を登った。


実はこの機関車は、ある特定の区間だけに使用される補助機関車なのだ。
その区間とは、信越本線、今は無き横川駅と軽井沢駅の急勾配区間碓氷峠だ。
急勾配ゆえ列車自力で昇降できない箇所を、補助機関車でサポートする、ということだ。
今では在来線は横川までとなり、以降の運転はバスになってしまっている。
代わりにこの区間は長野新幹線では安中榛名と軽井沢を一気に結ぶ。

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碓氷峠にあった煉瓦造りの「めがね橋」。
アブト式が活躍していた頃の橋梁跡。


その昔、この区間は勾配がきつく、2本の線路の間にラックと呼ばれる歯を配置して、
その歯に機関車の動輪に付けたピニオンギアを噛ませて急勾配を登る、あるいは下る
という方法が採られていた。
この方式を、アブト式という。
この横川-軽井沢間は通称「よこかる」と呼ばれていて、
1893年〜1963年にその特殊なアブト式の機関車が活躍していた。
時代が変わって、新性能の車輌が登場して、アブト式は廃止され、
それの代替として登場したのがこのEF63型電気機関車なのだ。

当時の標準的な同等のEF形式の電機機関車より車重は12トン位重い108トン。
ラックを使わず、動輪の回転のみで勾配を運転する方式(粘着方式)のため
車重を重くしているのだ。
また、その重量級の車輌を2重連で使用するため、
正面には行き来できるよう扉がついている。
さらに急勾配専用ということで、電磁吸着ブレーキという
レールに磁力をかけて停車するなどの特殊装備が目立つ。
そして、各種の車輌の後押しをする立場上、複数形式に対応し、
協調運転が出来るように、正面の機器の説続機器類も複雑だ。
(ホース類がやたら多い)
同様に、車輌を結ぶ連結器も電車と機関車・貨車などは違う形式のため
どの連結器でも使用できるよう特殊な連結器になっている。

ef63_02.jpg
EF63の重連の連結部


そんなわけでこの機関車、「峠のシェルパ」と呼ばれマニアに親しまれた。

この特殊な事情で、この機関車は全国にここにしか存在しなかった。
(実際には、碓氷峠以外にもこのような特殊な事情があるエリアでは
そのエリアに合わせて、このような峠のシェルパが存在していた。)

ところで形式のEFというのは随分昔に決められた呼称で、
Eが電気機関車を意味する。次のFは動輪の軸数。
Bから最大でHまであって、アルファベットの番目で数えるのだ。
例えばBなら2番目なので2軸、Cは3番目で3軸、Dは4番目で4軸、
EFはFが6番目なので6軸あるということだ。
都心でも見かけることのある電気機関車の大半はEF型で、
1台車に4輪あって、1台車あたり軸数は2、1車体にその台車が3つある。
因みにEFに続く数字はかつては10番台から90番台まであって
ボクらの子供の頃は10番台や50番台が主流を占めていたが、
新性能型の開発で60番台が大量に製造され、
鉄道マニアでなくても、知っているであろう
寝台特急「あさかぜ」の牽引で有名なEF65型などがその代表といえる。
(後にEF66型に替わるが)
60番台は紺色が基調の直流タイプで、地方で見られる赤い電気機関車は
70番台の交流型である。さらに薄いエンジの車体は交直流両用(80番台)。

しかしながら、このエリアに長野新幹線が開通することで
1997年に全機が廃車に追い込まれてしまった。
今では動態保存、静態保存により何台かは保存されていて
営業運転はしていない。
力強い峠のシェルパも御役御免となってしまった。

そういえば60番台のEFの電気機関車は
EF60、61、62、63、64、65、66、67があった。
(一部は改造されてその形式になったものもある。)
近年の直流電気機関車の標準的な車輌が多い。

さて最近ではJRになってからJRが開発設計した車輌も増えてきて
めっきりこの国鉄時代の機関車は見る機会が減ってきた。
また機関車のほとんどがJR貨物の管轄になって、貨物列車での活躍がほとんど。
国鉄時代に鉄道ファンになったボクにはいささかさびしい限りだ。
かつて直流区間で王者のように振る舞っていたEF65型も
見る機会がめっきり減った感じだ。

一時代を築いた昔の電気機関車たち。
国鉄時代から好きだったボクにとってその姿は憧れだった。
いつかまたその活躍の痕跡を訪ねてみたいと思っている。

灯り

text and photo by 赤様

僕は京都好きです。
このブログで何度もそれを話題にしていますが、
同じ金曜担当になったワシントンさんが、なんと京都出身!
地元の人を差し置いて京都を語るのはおこがましい気がするのですが、
多分、人が違えば視点も違うであろう、と勝手に思いつつ、
これからも京都ネタを書いていこうと思います。

さて今回は、京都で出会った「灯り」がテーマ。
京都のような街で「灯り」とくると、
まず蝋燭(ろうそく)を思い浮かべます。
京都駅前にある京都タワーは、
和蝋燭をモデルにしています。

ですが、いくら京都だからって
街のなかで蝋燭はそうお目にかかれません。
代わりに、電気の灯りがいい雰囲気を醸し出してくれています。

料亭の門.jpg

これは八坂神社近くの料亭の門です。
趣のある暖簾とオレンジ色の灯りが独特の雰囲気をつくっています。

八坂神社の提灯.jpg

これは八坂神社の提灯です。
提灯はどこにでもあるものですが、
一年中灯りを燈しているところって、
意外に少ないんですよね。
しかも珍しく目の高さにあるので、
真横から撮ってみました。

石畳の足灯.jpg

これは、産寧坂にある青龍苑という店の通路にある、
足元を照らす灯りです。
木材を使った壁とよく合っていますね。
光に温かさを感じます。

料亭の入口.jpg

祇園あたりの料亭の入口です。
たぬきの焼き物とユリがいい感じです。

雰囲気を大切にしてコーディネートされたものも多くて、
寺社仏閣だけではなく、
こんなモノを見つけるのも京都の楽しみのひとつです。

4ヶ月

| コメント(1)

どもども。
最近、お客様からもあだ名で呼ばれるカロリーです。

入社して4ヶ月・・・。
すっかりイジられキャラに成り上がってしましました。

まぁー、ポジティブに考えると、
親しみやすいキャラクターって事ですね!!

「明るく元気に面白く」が
僕のモットーなんで、イジられるのは望むところ!
願ったり叶ったりですばい!!

でも今、コレ読んで
気分を害された方・かなりの勘違い王子
とお思いの方がいらっしゃったら、
即刻、画面の左上の戻るをクリックして下さい。

調子に乗って申し訳ございませんでした・・・。

あー!そう言えば、先日お話した無残の姿になっていた、
僕のフィギュアのアンギラスに救世主が現れました!!

ワンダーズ4号さんです!
さりげく優しい人ってカッコイイっすよね。
サラっと修復して、デスクの上に置いててくれました。

ありがとうございました。
でも一言だけ言わせて下さい。

お腹が減ってそうだったからという理由で、
フィギュアに紅生姜を与えないで下さい。

しかも、牛丼を食されたんですね・・。
牛丼という響きだけでお腹減ってきた。。。。。

では、生活指導部の先輩と巨神兵さんと
焼肉行きたい!って盛り上がってきたところで、
また再来週お会いしましょう。


***初登場! 本人です。***

4号です。


先日自分の部屋を整理していたら懐かしいものが出てきました。


『賃貸契約書』


それも自分が始めて独り暮らしを始めたときの。懐かしい。


今や主流となっているネット上での部屋探しはまだまだはしりで当日は雑誌をみたり現地の不動産屋を回ったり(今でもこれは常套手段ですか)と手間がかかりましたね。まあそこまで言うほど古い時代の話ではないのだが。10年以上は前です。
実家が都心に比較的近いので周りの友人はほとんど実家暮らしを継続しつつもっぱら車にお金をかけてましたが僕は独り暮らし憧れてたので、働き出したらすぐにでもといった感じで。


当日の自分の条件としては
家賃六〜七万
角部屋二階以上
京王井の頭沿線
コンビニ近し
築年数10年以内


そんなとこでしたか。
まあバストイレは同じでもいいのであればOK。駅から遠いのも全然OK。


で、週末は井の頭線を一駅づつ降りて不動産屋をまわりつづけ探しました。(今でも駅名すべて言えます)二〜三ヶ月は吟味したのち決めたのが2階建てのコーポハウス。
最寄りは久我山駅。家賃は七万五千円(割高、探し続けてるとだんだんここの条件が緩くなってきました)。ロフト付きで駅まで7〜8分。杉並区と三鷹市の境目で距離はほとんどかわらないのに三鷹市になると割安らしかったのだがギリギリ杉並区でした。
大家さんが目の前に深夜まで営業してる酒屋&コンビニみたいなお店を経営していてコンビニ近しの条件もクリア。久我山は特急も停まるので渋谷、新宿、下北沢、吉祥寺とターミナル駅はすべて15分圏内。当時努めていた場所も自転車で15分足らずと便利この上なかったです。(おかげで残業し放題でしたが)近くに神田川が流れており井の頭公園まで桜並木が続いていて、利便性だけじゃなくて立地条件も良でした。
引越し当初は家財道具はほとんどなくて、たしかテレビと布団くらいしかなかったような。でも毎月給料が入るといろいろ揃えたりしてそういうのも楽しいかったりして。週末は吉祥寺まで自転車でちょくちょく走ってみたりと、新しい生活を堪能してました。


懐かしい。。


今年の花見は当時を振り返りながら神田川沿いへ足を運んでみようかな。

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