2016年12月アーカイブ
2016年最後のブログ更新日となりました。
にも関わらず、不穏な記事タイトルですみません。
今年1年を振り返ってみて、自分の足りないところを認識した年だったので、その意味を込めてつけました。それを克服するための一歩として、漸くスタート地点に立てたとは思うんですが、肝心要なのはその次の一歩ですよね。
どうすればできるようになるか?、どうすれば成長できるか?
自己啓発書とかたまに手に取ったり、読んだりするんですが。
読むだけでやった気になっていることも多いのです。
前回の記事で紹介した油井宇宙飛行士の過去のツイートで、感銘を受けたものがあります。
私も人間ですから、興味の無いことや辛いことを長い間続けるのは困難です。何度も失敗した上でたどり着いたのが「まず、好きになる方法を考える」と言う事でした。この方法は私にあっている様です。お陰で、何年でも続けられる様になりました。お正月に目標を決める際は、参考にしてみて下さい。
— 油井 亀美也 Kimiya.Yui (@Astro_Kimiya) 2016年1月3日
必要、或いは実施した方が良いけれども、気が進まない事って、ありませんか?きっと、そんな事を新年の目標にする方々も多いのでは?私の過去の例では、語学、運動、写真などです。どの様に好きになるか?目的を考えたり、好きな事と組み合わせたり、それが好きな人の気持ちになって考えたり。。
— 油井 亀美也 Kimiya.Yui (@Astro_Kimiya) 2016年1月3日
これを見たとき、私にはわりと目から鱗な考え方でした。
好きになる方法を考える・・・。
なるほど、確かに難しく考えるから余計に物事が難しくなったりすることがあります。
そうだとすれば、できるだけ明るく前向きな気持ちになれるような考え方に持っていけたら、結果もそれに近づくのでは。
来年は、より実りの多い年にできますように。
中だるみしないよう、節目節目を大事に気持ちを維持していきたいです。
今年も本当に残りわずかです。
皆さま良いお年をお迎えください。
「夜明けのランナウェイ」の「激走ブログ」です。
いつもは走る事を心がけておりますが、もうそろそろ食事も気にしたいトコロです・・
炭水化物が大好きな事と、貧乏性な私は、「ご飯大盛り無料」を見かけると、
迷わず大盛りにしてしまいます。
いけませんね・・・。
しかし、最近の我が家で大変な物を見つけてしまいました・・・
「こんにゃく米」です。
(食卓にはまだ並んでない為、写真がございません。)
・・ウワー・・おえっぷ。
なんか、聞いた瞬間に嫌な予感がしますが、今週中にチャレンジしてみます。
もし、食べた事あるという猛者の方がいらっしゃいましたら、是非とも感想をお聞かせください!!
それでは、皆さんも食事にも気をつけて、寒い冬を乗り切りましょう!!
次回は僕の好きな、ランニングコースを写真付きでご紹介したいと思います!!
では、また次回!!!
昨年は10月に宇都宮城址公園ステージで始まり、場所を変えて12月に第2戦、年明けて今年1月に第3戦が行われました。
10月の第1戦は出かけて行きましたが、2戦以降は都合で行けませんでした。
シクロクロスは元々ロードレースの冬季トレーニングとして始められた競技で、
ルーツは自転車競技の本場フランスです。
日本でも30年ほど前に長野で始まって、徐々に競技人口も増えていって、
現在では集客の面でも人気のほどが伺えるようになった競技です。
自分もオンよりはオフのコースを走る方が楽しいことや、
機材としてのシクロクロスバイクのスタイルに魅了されて、
2年ほど前にカーボンフレームのシクロクロスバイクを購入しました。
とはいえ、レースに出るのが目的ではなくて、峠道や林道など、
舗装されていないコースを考えてチョイスした経緯があります。
また、そういったコースには当然のように坂道はつきもので、
軽量な自転車で少しでも楽して走りたい、というのがありました。
さて、今年のレースは、前シーズンの第3戦の行われた「道の駅 ろまんちっく村」の一部を利用したコースとなりました。
実はここは高校生の頃から進学で上京するまで住んでいた、当時の実家に近く、5キロほどの距離です。
近くには国道119号線の日光街道が通り、高校時代に何度かこの近くを通って
日光までサイクリングに出かけたこともありました。この道路には日光杉並木街道も含まれます。
出かけたのは日曜日で、やはり見所はエリートたちのレースになるかと思います。
泥もある滑りやすいコースを、さすがにエリートたちは相当なスピードで疾走していきます。
しかも男子エリートは一時間ほど走り続けるわけで、その様子は見応え十分でした。
ひとまず、今年のレース観戦はこれで終わり。
とはいえ、シクロクロスのレースは今がシーズン真っ盛りで、来年2〜3月まで続きます。
年明けには1月に自宅からも程近い千葉のポートパークで「シクロクロス千葉」が、
2月には「お台場シクロクロス」もあります。
もし興味があれば、出かけてみてはいかがでしょうか。
ロードレースに比べて、間近で選手の応援もできるので、より身近に感じると思います。
ピクニック気分で観戦できるのもシクロクロスレースの楽しみの一つです。
また、マシンをハードとして捉えると、各選手のパーツ構成やセッティングも興味深いです。
コースの中にはこんなところもあり、とても滑りやすくなっています。
中央はシクロクロス界のレジェンド、小坂正則選手。50歳を過ぎても現役!
今回7位でした。ちなみに息子の小坂光選手は3位でした。
ここは、写真ではわかりにくいですが、かなりの登り坂になっています。
text by 赤様
さて、2016年の最後のブログになりました。
今年も僕が印象に残った人を紹介しようと思います。
今年はこの2人です。
■新井貴浩
今年のプロ野球は広島カープが話題をさらった年でした。
そのなかで彼がセリーグMVPを獲得。
優勝の立役者と言えますね。
彼は今春、大打者の証となる2000安打を達成しました。
そのときに黒田投手が中心となって、
彼を祝うTシャツをつくりました。しかも彼には内緒で。
Tシャツの背中には「あの新井さんが・・・」という文字。
それというのも、
新井選手はクソが何個もつくほどマジメ。
だけど天然・・・。
何事にも一生懸命だけど、時々ポカをする。
チームで2番目の年長者ですが、
そんなところがチームみんなに愛されているのだと。
そんな彼でも達成したんだという驚きと、たくさんの親しみをこめて、
チーム全員がこのTシャツを着て彼の前に現れた。
その時の彼の驚きっぷりったら・・・。
というのが春の出来事。
秋になり、
黒田投手が200勝を達成しました。
今度は新井選手が中心になり、
「あの黒田さんが・・・」と書かれたTシャツをつくりました。
もちろん黒田投手には内緒で。
そしてまた全員でそのTシャツを着て黒田投手の前に現れた。
なんかいいストーリーですよね。
カープが優勝した瞬間、
新井選手と黒田投手が涙の抱擁をして、
球場全体から拍手が湧き上がったのは、
ファンならずとも感動の光景でした。
こんなベテラン選手がいるチームなら、
雰囲気や結束力がいいのも頷けます。
■羽根田卓也
リオオリンピックで銅メダルをとったカヌーの選手です。
それがキッカケでメディアで取り上げられるようになり、
イケメンということもあり引く手あまた。
でも、それまでの経緯は、
凡人では成しえない険しい道のりでした。
日本のカヌーのレベルはかなり低く、
施設やノウハウなどの環境面も強豪国とは雲泥の差。
高卒後、彼は単身、カヌー大国のスロバキアに渡ります。
言葉も通じない、友人もいない・・・
でも腐ったってどうしようもない。
独学でスロバキア語を習得し、
生活の全てを競技に費やし、
10年経った今年、
ようやくオリンピックのメダルを獲得します。
銅メダルが決まった瞬間、
他国のライバルの何人もが彼を祝福。
こんな光景は他競技でもあまり見ないことです。
彼の熱意をライバルはみていたのですね。
今年は、ともにスポーツ選手になってしまいましたが、
このほかにも、印象深い人たちがたくさんいました。
今後、何かの折にふれて紹介できたらと思います。
「激走ブログ」第3回目です!!
突然ですが私は、埼玉県は川口市に住んでおります。
その川口市にございます、「青木町公園総合運動場」という場所がございます。
ここは、外周にマラソンコースもあり、丁度1週が1㎞です。
私は、ここで先週の土曜日に5㎞走ってきました!!
しかし、変わらない景色をひたすら走るのも結構キツイです。
ですので、いつも考え事をしながら走ります。
「今年のM-1はほとんど知らないやつじゃん・・・」
「クリスマスはさすがに娘に何か買わないと、嫁にぶっとばされるな・・・」
「ボジョレー、今年まだ飲んでないや・・・」
などなど、考えて走っておりました・・。
まだまだ、今年も終わらそうですな!!
それでは、残りの2016年もはりきっていきましょう!!!!
以上、「夜明けのランナウェイ」でした。
友人はカメラマン。ずいぶん昔に一緒に仕事をした仲間です。
現在はフリーランスで仕事をしている彼は、その昔とある著名な写真スタジオに所属していて、
聞けば、そのスタジオの創立者の方が先だって亡くなったのだそうです。
皆から「先生」と呼ばれていたその方は、かつて原宿にあったセントラルアパートに写真スタジオを構え、
大手の広告代理店の仕事を中心にしていて、自分も何度か撮影でお世話になったのでした。
還暦を機に、経営などは後進に譲り、その後は故郷で悠々自適な生活をされていたそうです。
そんな若い時の、かつての上司(アートディレクター)も加わり、「先生」を偲ぼうということで集まったのでした。
それぞれ別の道で現役で活躍しているものの、相変わらずクリエイティブな方向は健在でした。
自分も当時のことを思い出しながら、すっかり当時の話に没頭してしまいました。
2時間程度のつもりが、結局は4時間以上飲み続け、お開きとなりましたが、
またいずれ集まろうということになって、高円寺の街で別れました。
会場は駅からほど近いオイスターバーでした。
ある意味で同窓会とも言えるかもしれません。
ところで今月はクリスマス直前の休日に、今度は中学校の同窓会が予定されていて、
こちらも楽しみです。今まで5年ごとに開催されていて、初回から比べれば
随分とメンバーも減っていまいましたが、比較的仲のいいメンバーが多いせいか、
スケジュールが合えば極力出るようにしていました。
どちらも言えることは、当時の話になると、気持ちも感覚もその頃に戻るんですね。
本当に楽しみです。
おまけ。
集合時間前に、久しぶりなので、吉祥寺の井の頭公園に出かけました。
当時住んでいた家からもすぐ近くで、よく買い物や食事などで出かけた街でした。
相変わらず人出は多くて、少々疲れてしまいましたが、葉の色づいた木々もまだ少々あって
プチ紅葉散策も楽しんできました。
text by 赤様
先日、福岡の中心部に大きなアナが開きました。
陥没していくあの映像は衝撃でした。
アナと言えば、
リオオリンピックの閉会式に向かおうとする安倍マリオのために、
ドラえもんが渋谷のスクランブル交差点から
アナを掘りましたね。
今ではすっかり跡形もなくなってますが。(笑)
振り返れば、
2020年のオリンピックが東京に決まる前、
東京は2016年のオリンピックにも立候補していました。
覚えている方もいるでしょうけど、
その直前には国内での開催地の選考があり、
そのとき東京と争っていたのが福岡でした。
そういうワケではないと思いますが、
福岡に開いたあのアナは、
我々もオリンピックを開きたかったぞという
意思の現われなのかな、
なんて思ってしまいました。
福岡市の市長は高島さんという方で、
以前は民放の局アナでした。
はっきりした口調と、
わかりやすい言葉が好印象で、
どことなく政治家らしくない。
あのときも、オール福岡で取り組むと宣言して、
予想以上に早く埋め戻されたのは、
実に見事でした。
原因が地下鉄の工事によるものでしたが、
全国の道路では、地下水による地盤沈下や、
水道管の老朽化などによる陥没の危険性が、そこらじゅうにあるそうで、
その状況は、
僕らの予想以上に深刻なのだそうです。
後手を踏んで、
アナがあったら入りたい、
なんてことにならないためにも、
早めの対策をお願いしたいですね。