父と出掛けて

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先日、父と用事があって東京に出掛ける事があった。
その時の話。
滅多に電車に乗る事の無い父にと思い、
総武線を利用しているボクは、錦糸町までの快速電車で
グリーン車に乗せてみる事にした。
父は定期券など持っていないので切符を買い、
ボクはホームでSuicaを使いグリーン券を買う。
座席に着くと、定期券を上のセンサーにかざして記録させた。
それを見ていた父がおもむろに言った言葉。
「今は電車に乗るのもむずかしい」

そうか、そうだろうな、とふと気付いた。

昭和一桁生まれの父にとって、Suica自体も理解しにくいだろうし、
ましてやグリーン券が買えることなど夢にも思っていなかったのだろう。

その後、銀糸町に着くなり「腹が空いた、何か食べたい」と。
仕方ないので、空腹ではないが駅ソバのお店に入ることに。
そこでもまた食券の購入はSuicaだった。父の分も買う。
父曰く
「こんなのも買えるのか!」

今どき電子マネーはごく当たり前のようにボクらは使っている。
個人差はあるだろうが、父はこの年でこの手の機械が苦手なようだ。
若い頃こんなことはあまり苦手に見えなかった父も
さすがに電子マネーは苦手のようで、銀行のATMも使用できない。
会社員をしていた頃も、この手のことは亡くなった母がやっていたし、
リタイヤして自分がやらなければならなくなっても
ずっと窓口で銀行の手続きを済ませていたそうだ。

そう考えると、今の時代、ボクらにとっては何のことは無い
これらの動作は、年寄りにとって精神的に負担のかかることで、
その世代にはやりにくい世の中なんだろうと改めて感じた。
多分父にとってはモバイルSuicaなんて想像もできないのだろうな。

便利になったこの時代だけど、年寄りにとってはどうなのだろうか。

最近あるテレビのCFで、高齢者のもたつく権利を提言するものがある。
広告ネットワークACのキャンペーンがそれだ。
電車やバスの中で席を立つときに、
他人に迷惑をかけたくないということで早めに席を立つなどして
結果もたつき、転倒などする。

「高齢化社会が進むなか、高齢者がもたつくのを、責めることなく
暖かく見守れる社会にしましょう」というのがその提言だ。
父を見ていても、駅の階段はやはり辛そうだが、同時に
まわりの人間の速い動きも脅威に思うようだ。

便利になるほど老人にはツライことと映るだろう。
駅で電車を降りてからの人々の殺気立った雰囲気を感じるたび、
心にゆとりある社会と程遠いと感じる。
駅のホームで点字ブロックの上で携帯に夢中になっている健常者。
杖をついた人が来てもイヤホンで音楽を聴いて携帯に夢中だから
気付かないのだろうな。

そんな心にゆとりのある社会は、きっと誰にとってもやさしい社会なはずだ。

コメント(3)

cozyさんこんにちは。

Suicaとは少し違うかもしれませんが。

地デジ・・・。

高齢者の方が理解できているのか心配です。

離れたところにすんでいる自分の親にたまに会ったときに、
「地デジ詐欺にあうなよ」と警告しなければならない社会が何か悲しいですね。

「もたつく権利」、僕、賛成です。
そのCM、何度か見ましたが、
もっと多種多様な「個」を、
各々が受け入れるような、
器量がある社会になって欲しいですね。

ちょっと前に出版された
赤瀬川源平の「老人力」とかに
代表されるように、
それを肯定的に捉えられるような
そんな風潮がでてきたらいいですね。

僕らもいずれ、老いるワケだし・・・。

AKYさん
地デジ詐欺ですか、あり得ますね。
電気屋さんの出で立ちで来られたら
きっと騙されてしまうかもしれないです。
個人差がありますが、高齢になるほど理解率は低いのでは?

赤様
何でもそうですが、いつかは自分のことになります。
高齢者、なんてまだ自分は関係ないと思っていても
確実にやってきますから。
身障者にやさしい社会は、健常者にもやさしいし、
高齢者にやさしい社会は、若者にもやさしいんですよね。

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このブログ記事について

このページは、cforceが2009年2月 2日 09:00に書いたブログ記事です。

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