text by 赤様
昨年11月に開かれたAPEC(環太平洋経済協力)。
各国の要人が多数来日し、会場周辺の道路は交通規制された。
彼らは、黒塗りの高級車で、その道路を行き来した。
そんな車は、窓のレースのカーテンが高級感を煽り、
最高の乗り心地を想像させ、
さらに誘導の車が連なって、特別な待遇を見せつける。
国家を代表する人物が乗るという物々しさもあるが、
最上級のもてなしを受けているのは、おわかりのとおり。
いわば、赤い絨毯の上を走っているようなものだ。
だから、あれがミニバンや白い軽トラックでは、やはりマズイのである。
僕が学生のころ、友人の父親が車を買った。
セドリックだ。
言わずと知れた日産自動車の高級車である。
その家は、別に中小企業の経営者でも、開業医でもない。
普通のサラリーマンの家庭だ。
でも、車は普通とは言えなかった。
色は高級感漂う黒塗り。
窓にはレースのカーテンがあり、
前部座席だけでなく、後部座席も、
ボタンひとつでリクライニングが動くのだ。
エンジン音もいたって静か。
サスペンション(路面の凹凸を吸収する構造)も心地いい。
とても一般家庭で購入する仕様ではない。
『なんでこの車にしたの?』との問いかけに、
「シックなものがよかったらしいんだけど・・・」
と、彼が答えた。
どうやら家族も本意ではなかったようなのだが、それにしたって・・・
と思ったものである。
通勤に利用する彼の父親は、休日には使わないので、
僕らはその車で、よく草野球に出かけていた。
しかも、ユニフォーム姿で。
車内の僕らは全く気にしていなかったが、
信号で止まったとき、横断歩道や歩道から車内を見た人達は、
その姿をいったいどう思っただろう。
しかも彼は運転するときもチームの帽子をかぶっていて、
車内では、おニャン子クラブやCoCoなどの
当時の女性アイドルの音楽を流していたのだ。
不釣り合いと言うか、価値を知らぬと言うか、
まったくもって、その高級車の良さというのをわかっていない。
(同じユニフォーム着ていて、そう言える立場ではないのだが・・・)
まるで、赤い絨毯を着ぐるみを着て歩くようなものだ。
でも、その車の乗り心地はさすがに格別で、
ちょっとしたVIP気分だった。
そのまま首相官邸へ向かったら、迎賓館や高級料亭に向かったら、
もしかしたら、快く迎え入れてくれるんじゃないか、
なんて思えるほどだ。
もしそこに、白バイなんかが通りがかったら、
その後をずっとついていってみたりして・・・。
そうなれば、まさに要人が誘導されているかのようだ。
気分は皇室関係者か、はたまた産油国の王子様か・・・。
まあ、そんなことはありえないのだが。
車は、乗る者の気分を変えてくれる。
もし、そんな機会がもう一度あったら、
僕はユニフォームでは乗らない、いや乗りたくないと、今なら思える(笑)。
その車で通勤している友人の父親は、
もしかしたら、通勤時だけでも、
VIP気分を味わいたかったのかもしれない。