映画「東京オリンピック」

text by 赤様

tokyo1964d.jpg

オリンピックでは、
記録映画というものが作られます。

1964年の東京オリンピックのときには、
映画監督の市川崑さんが指揮を執ってつくられました。
冒頭の写真はその復刻版DVDです。

この記録映画がテレビ中継と違う点は、
単に試合を映すのではなく、
選手自身の限界に挑む姿や、国の枠を超えた人々の融和など、
芸術的な観点や社会的な視点が入っていたりします。
カメラワークもテレビとは違います。

前回のブログでも開会式のことに触れましたが、
入場行進のとき、どの国の選手もみんな大人しいんです。
あのアメリカ選手団でさえ笑顔が無い。
それとは対照的に、
ソビエト選手がハンカチを手でクルクルまわして
笑顔を振りまいているのが印象的でした。

表彰式で流れる国歌は時代を映していました。
当時、東西に分かれていたドイツは、
統一チームを結成していて、
金メダルを獲ると国歌の代わりにベートーベンの第九が演奏されました。
オーストラリアも今の国歌ではなく、
「ゴッドセーブザクイーン(←イギリス国歌)」が流れていました。

報道の人たちが仕事をするプレスセンターでは、
記者がタイプライターを打っている映像です。
しかしよく見ると、
アラビア語やハングルのタイプライターがありました。
日本語のものなんて無いし、これはちょっと驚きでした。

マラソンでは、
優勝したアベベや、日本の円谷、君原の映像は少なく、
下位の選手が懸命に走る姿や、
疲れ果てて給水所に立ち止まり、水を何杯も飲む選手など、
心情が伝わる映像がありました。

全体的な印象は、まだこの当時、
オリンピックがエンターテイメントになってなかったのでは?
と思えたこと。
開会式は、華やかなショーやマスゲームのようなものは無く、
会場の飾りも質素。
そして選手も観客も関係者も、みんなお行儀が良すぎるのです。
それは日本人だけではなく外国人も同様に。

それはスポーツが技や心を磨く場と捉えられていた
という見方もできますが、それだけでなく、
戦争が終わって19年という当時、
まだそういう時代だったのかな、と思えました。

時間の経過とともに、人間の意識も明るくなり、
柔らかくなっていっているという変化がわかり、
記録する意義を知った気がしました。







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このページは、cmemberが2018年8月17日 09:00に書いたブログ記事です。

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