text by 赤様
感動的な瞬間だった。
松井秀喜がエンジェルスに移籍後、
初めてニューヨークでの試合に臨んだ。
その試合前。
前年のワールドシリーズチャンピオンの表彰があり、
選手に対してチャンピオンリングが贈呈された。
ヤンキースの選手への表彰のあと、
赤いユニフォームの選手がひとり現れた。
松井は、ワールドシリーズでMVPを獲得した優勝の立役者だ。
だから、今は他のチームの一員であろうとも、
球場全体が称賛の雰囲気で彼を歓迎した。
そばで見ていたヤンキースの選手が松井のところに集まり、
ともに健闘を称え合い抱擁する輪ができた。
試合が始まり、松井が打席に立とうとすると、
ふたたびスタンディングオベーション。
球場中の観客が立ち上がり、歓声がなりやまない。
一度打席をはずし、ヘルメットをとって謝意を表すが、
歓声は1分以上も続いた。
以前にもこんなことがあった。
セントルイス・カージナルスにオジー・スミスという選手がいた。
バッティングはそこそこだが、守備が抜群に上手くて、
それだけで野球殿堂入りするくらいの希有な選手だった。
僕が大好きだった選手だ。
ある年、彼の引退試合を中継で観たときだ。
彼が打席に入ったときに、ものすごい喝采が湧き起こった。
今までの活躍に対する称賛と、
これで見納めになってしまう寂しさとが入り交じり、
まるで野球の試合ではないかのような歓声が5分くらいなりやまず、
胸が熱くなったのを覚えている。
2004年にイチローがシーズン最多安打を打ったときも、
盛大な祝福の光景があった。
記録更新のヒットを打って、
1塁ベース上でヘルメットをとって歓声に応えるイチロー。
そこにベンチからチームメイトが全員出てきて、祝福の輪ができた。
誰が招待したのだろうか。
それまでの記録を持っていたジョージ・シスラーという選手の家族が、
シカゴからシアトルにかけつけていて、スタンドの最前列で観戦していた。
チームメイトの祝福のあと、イチローはその家族のもとに歩み寄った。
握手をし、亡きシスラーに敬意を表した。
その間も拍手はなりやまず、試合は止まったまま。
試合がどこまで進んだのかさえ、わからなくなるほど、
感動的な空気が球場を支配していた。
僕は、早朝の生中継の画面を観てつめていて鳥肌がたった。
何百、何千と日本の野球を観ているが、
日本ではこんな光景は観たことが無い。
活躍した選手に対して最大級の賛辞を贈る気風がそこにはある。
時差のせいで、眠い目をこすってでも観る価値のある感動的なシーン。
こんな素晴らしいシーンがあるから、観戦はやめられない。
ああ、また寝不足との闘いだ。