text by 赤様
超人的なスピード、野性的なパワー。
それはスポーツの最も明解な魅力だ。
しかし、今年、僕が最も印象に残ったアスリートは、
それには合致しない選手だ。
伊達公子は今春、37歳にして現役に復帰した。
引退せずずっとプレーしていたとしても、
37歳までテニスを続けることは難しいことだ。
それでも彼女は全日本のタイトルを取ってしまった。
これは、世の中の中年たち(自覚の有無に関わらず)を
大いに奮い立たせたに違いない。
以前、世界が注目したライジングショットは健在だが、
彼女のブランクは12年もある。
それに特別なスピードやパワーがあるわけでもない。
体力のピークはとっくに過ぎている。
しかし、今まで培ってきたものを周到に使いこなした。
身体のケア、試合への準備、相手との駆け引き。
そして何より自らをコントロールするノウハウを。
ある番組で、その一端を見せてくれた。
彼女には、相手がボールを打つ直前に、
狙う方向がわかるのだそうだ。
人間はボールの軌道を認識するのに、
ある程度の間、それを見続けなければならない。
相手が打ったあと、コンマ何秒かを要するのである。
だから、相手がボールを打ってからしばらくしないと、
その方向に移動することができない。
しかし、彼女は打つ直前には相手の意図を察知し、
その方向への移動を開始できる。
これまでの経験から、
相手の目線わずかな動き、体の向きの微妙な違いを見極めて、
コースが読めるようになったのだ。
また心理面でも、
状況、状況に応じた思考方法を身につけた。
仮にピンチになっても、その対処の仕方を心得ている。
今では、対戦する若手選手の心の揺らぎがわかるそうだ。
相手の心理を上手く利用し、自らのペースに引き込んでいく。
解説者いわく、
パワーやスピードは落ちている。
しかし、彼女は復帰前より上手くなっている、と。
きっと以前から、彼女はそうした意識でテニスに取り組んでいたのだろう。
洞察力とたゆまぬ探究心の賜物だ。
来年は、海外に参戦する。
早速、正月明けから、ニュージーランド、オーストラリアの大会に挑む。
しかし、以前のように世界の強豪と互角に戦うのは難しいだろう。
体格だけを見ても、
世界ランキング1位のエレーナ・ヤンコビッチは177cm、
あのマリア・シャラポワはなんと188cm。
伊達の163cmを大きく上回る。
でも、小さいものが大きなものを倒すのも、
またひとつのスポーツの醍醐味だ。
彼女の勝負に対する意識が、
また新しい驚きをもたらしてくれることを
期待してもいいだろう。