text by 赤様
toto Bigの繰越金が破格な数字になっている。
toto Bigとは、サッカーくじの種類のひとつで、
1等の当選金が最大6億円にもなる。
その回の当選者がいないと配当金が繰り越され、
6億円の当たる口数が増える仕組みだ。
去年も、繰越金が高くなったときに購入者が増え、
システムがダウンする、なんてニュースも流れた。
そんなわけで、ここ最近も6億円の当たる確立が増加中だ。
それに魅力を感じて、
僕の周りでも「当たんないかなー」と空を見つめる人が多い。
宝くじたるもの、
そう簡単に当たらないから当選額が大きいという側面もあるのだが、
そうはわかっていても、期待に夢は膨らんでしまうものだ。
でも、よくよく考えてみると、
例えば、何かの懸賞や抽選に応募するにしても、
確率的に無理だろうな、と思うことはよくあるのに、
それよりはるかに確率の低い宝くじに思いを馳せるのは、
人間の欲望って、なんなのだろう。
BOSSのCMのジョーンズさんなら、どう思うだろう。
僕なんかは、そんな期待する様が、
おもちゃ屋さんの前で、欲しいものをじっと見つめる子どものように思えて、
そんな健気さが、逆にかわいいとさえ思えてしまったりもする。
そんなとき、もしその思いの丈の大きさで当選が決まるのだとしたら、
どうだろう。
切実に、将来これができなくてもいいというものがあれば、
その願いが通じ易くなる、、
なんていうことがあっても面白いと思う。
「俺、○○できなくなってもいいから、当たって欲しいな」と、
本気か冗談かわからない要望を言う人もたまにいるが、
あなたは、何か犠牲にしてもいいものがありますか。
そう考えると、僕だったら、もし仮に当たってしまって、
それ以後の人生、全く幸運なことが無くなってしまうことになるのだったら、
当たらなくてもいいかなって、少しだけ思えてきたりする。
ま、そんな考え方自体も、欲張りであることにかわりないのだが・・・。