text and photo by 赤様
京都、祇園からほど近いところに、知恩院というお寺がある。
数ある京都の名所のなかで、僕のお気に入りのひとつだ。
入り口には大きな「三門」と言う門がある。国宝に指定されている門だ。
その門の2階にはバレーボールコートくらいの部屋があり、
木製の仏像や壁画など、貴重な文化財がいくつも保存されている。
去年のゴールデンウイークに京都に立ち寄ったときのこと。
普段は閉ざされているその場所を特別に公開していたので、偶然にも観ることができた。
門の端には、はしごが立てかけてあるかのような急な階段がある。
老人でなくても、ゆっくり登らないと危険なため、
何人か登らせると、次の人たちはしばらく待たされるほどに急な階段だ。
今まで多くの人が頼りにした手すりは、人の手汗でつるつるで、
その傍らにロープがついているほど。
その階段を登ると、見晴らしの良い2階に出て広範囲を一望できた。
部屋の中に入ると堂々と鎮座する十数体の像。
柱や壁、天井には、極彩色の龍や天人、楽器などが描かれている。
その厳かさに圧倒され、無意識に口が開き、思わず正座した。
それらに見とれているとガイドが説明を始め、一同耳を傾けた。
歴史背景や学問的な観点まではあまり関心がなかったが、
そんな話しよりも、目の前にある像たちの威容さが、その凄さを物語っていた。
説明が終わり、再び見入っていると、
その貴重な絵の上に、何か汚れのようなものを見つけた。
目を凝らすとそれは文字だった。
龍や仏などの仏教絵画の上に、あっちこっちにたくさん書かれている。
しかもご丁寧に墨でだ。
『こんな文化財のうえに、何だいったい』と、かすれた文字を読もうとすると、
「○○縣○○郡○○村~」とかという文字が読み取れた。住所のようだ。
『落書きか?』『縣って何だ?』
「山形縣~」「新潟縣~」「山梨縣~」
県という文字が、みな「縣」と書かれている。旧漢字が時代を感じさせる。
しかも遠隔地ばかりが目立つ。
いろいろ見ていると、どれも一様に日付と住所、名前が書いてあるのがわかった。
さらに、その日付が驚きだった。
「明治十五年」や「十六年」と書かれ、みなその時期に集中している。
そのころといえば、東京に日本で始めて鉄道が開通したばかりで、
それ以外の乗り物といったら馬くらいだろう。
僕の祖父母さえも生まれてない時代だ。
100年を超える長い時間を越えてきたその文字に、
落書きとは思えぬ凄みを感じた。