天災は忘れたころに・・・

text by 赤様

始めてハーフマラソンを走った翌朝、
休みをとっていた僕は、階段も登れないほどの異常な筋肉痛と疲労で、
布団から出られなかった。
おぼろげながら聞こえてくるテレビの音が
尋常じゃない事態を知らせていたが、
昏睡状態の僕には、その趣旨がまったくわからなかった。
それが1995年1月17日の朝だった。

阪神大震災。
その2ヶ月後に、僕が訪れた東灘区は、
文明が発達した現代とは思えない悲惨な状況だった。
傾いた家はブルーのシートで覆われ、
玄関の扉には、「○○○におります」
という張り紙が張られていた。
まるで、戦後を描いた映画のワンシーンのようだった。

聞くところによると、
世界中で起こっているマグニチュード4以上の地震のうち、
実に10%以上のものが日本で起こっているらしい。
また、身体に感じない地震は、
日本だけでも1日平均300回以上も観測されているそうだ。

僕が小学生のときの社会の授業で、
関東南部に大きな地震が起こるのは、
関東大震災のおよそ70年後だと教わった。
しかし、今年ですでに87年になる。

大きな地震というのは、どれも70年くらいの周期なのかと思っていたが、
各地域の地盤の状態によって大きく違うらしい。
たとえば三陸では、マグニチュード4の地震が5年前後の周期で起こることが、
わかってきたそうだが、
そのようにわかってきた地域はごくわずかで、
地震研究というのは未知な部分が多く、
予知というのは、まだまだ難しいらしい。

先日、地下鉄に乗っていたら、
駅と駅とのあいだで電車が急に止まった。
「緊急地震速報を受信した」とアナウンスがあった。
もしその場で、本当に大きな地震が来たら・・・。
送電がストップし、灯りが消えるかもしれない。
水道管やガス管が破裂するかもしれない。
同乗している乗客がパニックになるかもしれない。
そんななか、無事に避難できるのだろうか。
想像をすると、ちょっとこわい気がするが、
そんな「ある日」が一歩ずつ近づいているのも、偽らざる事実である。

どんなに金持ちでも、どんなに権力があっても、
自然現象の上では、人間は無力同然だ。

阪神大震災では、
テレビや電子レンジが、反対側の壁まで真横に飛んだそうだ。
あれからもう15年。
僕らにできることは被害を最小限にするために備えること。
ちょっと身の周りのことも考えてみなければと思う昨今である。

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このページは、cmemberが2010年4月 9日 09:00に書いたブログ記事です。

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